1: 02/08/18 21:13
上流平安貴族に生まれたかった。
平和だし、優雅だし、月見ながら感動する日々。
何の心配事もないし。
みんなはどうよ?

引用元: ・平安貴族は何て幸せだったんだろうか

3: 02/08/18 21:15
上流平安貴族に生まれたくなかった。
政争に巻き込まれて殺されるし、寿命短いし、
風呂に入らないから体は臭いし。
まともな医療が無いから病気の心配はしなきゃならんし。
みんなはどうよ?

5: 02/08/18 21:20
今以上にストレスを抱えていたと思うぞ。
勤務時間だって相当長い。

夜になれば怨霊や魑魅魍魎に毎日怯える。
まあ側女とかには手をつけ放題だな。

7: 02/08/18 21:21
ただ、長生きする人はとてつもなく長生きしてるよな。
余ほど遺伝子に恵まれてたんだろう。

8: 02/08/18 21:21
あ、時代は初中期って事で。

9: 02/08/18 21:25
安部清明に助けてもらえ

10: 02/08/18 21:28
というか現代タイやラオス、インドといった垂れ流しの生活のほうが俺にとってはまだいい。
そのほうがまだ個人のプライバシーがあるから。
平安貴族のようにお付きの女性なりが自分の糞尿が入った筒や箱にもって
街中を堂々と歩かれるのだけは絶対して欲しくない。
恋しい女のブツを一度でも見てみたいという糞尿フェチストーカーのエピソードが
「今昔物語」に出てくるがその男の気持ちもわからんでもない。
とにかくそんな余計なことをされたくないってこと。
こっちも自分で自分のお尻の始末くらいはつけます。

11: 02/08/18 21:34
それが当時の常識ならいいじゃん。

12: 02/08/18 21:38
毎日暇だろう2ちゃんもないし

13: 02/08/18 21:44
あと平将軍平貞盛が家臣に命じて幼児の生き肝を探させ
その家臣が泣く泣く自分の幼児の生き肝を差し出したという
カニバリズムのエピソードも「今昔物語」には出てくるが
平安貴族絶対主義の人種差別社会では結構そんな残酷なことも横行していたみたい。

俺だったら遠慮します。寿命なのでそろそろ逝きますで済ますけど。
そんなにしてまでも不老不死にこだわっていたのかな平貞盛?
NHK大河ドラマ「風と雲と虹と」ではおべっか使いがうまくて
小一条院のおとど関白藤原忠平にとりいって破格の昇進を成し遂げていた平貞盛。
平安貴族の真似事をして女の尻を追いかけてばっかりいる軟弱男だったのに!

俺はやはりそんな悦楽にふける人でなしの平安貴族に
腹の底から怒りをぶつけ坂東の男の心意気を示した小次郎将門が好きだ。
神田明神は徳川将軍も頭のあがらなかった江戸の総鎮守。
現代東京にも将門公の霊位は生きておわします。

14: 02/08/18 21:44
平安貴族って女々しい感傷家が多くない?

15: 02/08/18 21:47
毎日風呂には入れないし、肉は喰えないし・・・

遠慮します。 文才無いから歌も詠めず、恥かくのは必至。

16: 02/08/18 22:00
明治ぐらいの公家だったらいいかもしれないね。
貴族院議員でさ、学習院長やったり神社の禰宜やったりさ。

17: 02/08/18 22:03
現代の喧騒とどちらが凄いかな?

18: 02/08/18 22:05
最期の元老西園寺公望は由比に別荘を構えていました。
西園寺ありし日は由比詣でをする政治家が絶えなかったようです。
西園寺邸は現在は料亭になっています。

19: 02/08/18 22:06
>>18
だから何だ?

20: 02/08/18 22:20
インドシナ半島やインドを旅してわかったんだが
地球上で最も夏暑いところは熱帯ではなく実は温帯。
特に甲府とか京都とかいった盆地は夏場は地獄と化す。

インドはカルカッタとかベナレス、デリーあたりは
日中の暑さが40度以上に上がりさすがに酷いが
その他の州はわりとゆるやかな気候だし
なんといって湿度はそんなに上がらない。
インドシナ半島に至っては夕方必ずといっていいほど
地面に叩き付けるようなどしゃぶりのスコールがある。
そしてスコールで出来た水溜まりが蒸発していくので一気に5度か10度は気温が下がる。

それに比べて京都の夏はマジで最悪。
盆地なので空気がどんよりと固まってしまい周りに逃げない。
そのうえ湿度が高い。
こんなところで毎日白粉を塗りたくって衣冠束帯をつけていた平安貴族ってマジ???
兼好法師の詠んだ「目に青葉山ホトトギス初がつお」みたいな
鎌倉の海と山に囲まれた環境で藁葺きの屋根の下ですごす生活を
関東武士が全国に普及したおかげで日本人の精神生活はだいぶ救われてきたはずだ。

マジで平安貴族信じられん。どういう神経していたんだ。

21: 02/08/18 22:38
>>20
当時の方が平均気温は低かったと思われ
それと、シルクは意外と冷たく感じられる
屋根が高いから、熱気は上に逃げるし、シトミ戸を開け放つと風が吹き抜ける
日中の熱い時間帯は、釣殿で過ごすもよし
夕方涼しくなってから、牛車をゆっくり遣って殿中に出仕
清涼殿の東側の廊下に座すから、西日は当らないし、スノコ縁だから涼しい

22: 02/08/18 22:40
どうせ京に暮らすなら「今昔物語集」の編者(無名の一僧侶)くらいの方がいい。

23: 02/08/18 22:43
目に青葉山ホトトギス初がつお

これ、吉田兼好の作なの?

大体鎌倉は京都を模して造られた武家の都じゃないか・・・。
平安貴族だって日常生活は桧皮葺の寝殿造りの邸宅。わらぶきとどう違う?

36: 02/08/18 23:46
>>23
吉田兼好が俳句を詠むわけないよな

38: 02/08/19 00:09
>>36
by 山口素堂:江戸中期の俳人。松雄芭蕉の友人。

兼好が「徒然草」に書いたのは、鎌倉の老人が「昔は下人すら食べなかった
かつおを最近では上流の人々までが食べるようになり、誠に末世だなあ」と
嘆いていた、という文。

24: 02/08/18 22:44
兼好自身公家社会の一員だし。

25: 02/08/18 22:46

近所にちっとは田んぼが残ってるやろ
夜、行ってみい
むっちゃ涼しいぞ

26: 02/08/18 22:49
残ってない

27: 02/08/18 22:52
や、でも京都が日本でも有数の夏すごしづらい土地なのはたしかだよ
それだけに生活様式に涼しく過ごすいろんな工夫がみられて、好きなんだが

28: 02/08/18 22:54
あつい、くさい、きたない
↑平安時代の京都のイメージ

29: 02/08/18 22:57
>>28
16、17世紀の江戸のことかと思った。

31: 02/08/18 23:05
かぐや姫みたいなのに生まれたかった。
あ、宇宙はいかないで

33: 02/08/18 23:33
とにかく中世の合理精神とかけ離れた平安の礼式に則った生活はしろといわれても絶対嫌だ。
礼式が人間生活を律するのではなく
人間の生活が需要と供給を定めるという当たり前の市場原理が働くべき。
東夷と思われようが礼式にのっとらない無作法、無教養と思われようが
一定の価値観を普及させて結果的に日本人の社会生活のWelfareを上げてきたのが
中級武士、地侍、名主クラス。

そりゃ清涼殿の日陰に座ってられるのはいいが、
同時刻の暑熱の中でそいつらのために文を運んだり
牛車を引いたり、使いぱっしりをする人達はどうするよ?

37: 02/08/19 00:04
結局、平安は苦しいって事か?
やっぱ縄文時代が一番だ。(←マジ

39: 02/08/19 00:16
>昔は下人すら食べなかった
>かつおを最近では上流の人々までが食べるようになり

すごいな。どんな魚食ってたんだろ?

40: 02/08/19 00:24
>>39
マグロだって昭和初期までは下魚とされて普通の人は食べなかったんだからね。
今と昔じゃ上下の感覚が違うのよ。

41: 02/08/19 00:26
>>マグロだって昭和初期までは下魚とされて普通の人は食べなかったんだからね。

じゃ何食ってたの?

42: 02/08/19 00:33
魚と言えばタイや平目などの白身の魚

あと、鮎、鯉などの川魚。

43: 02/08/19 00:41
上トロ、中トロって江戸時代はなかったの?

44: 02/08/19 00:52
>>43
ない、マグロは鍋料理にして食った。

45: 02/08/19 01:04
江戸時代、鮪は下品な魚とされており、その中でも特にトロは質が悪い
部分であった。
従って赤身が普通食べられ、商品価値のないトロは貧乏人の食べ物、
「ねぎま」といって、葱と共に汁物にして食されていた。

それが今ではネギマは完全に高級料理である。

46: 02/08/19 01:09
まあでもそりゃ江戸時代と現代の飽食時代とでは価値基準が違うだろうな
タンパク源やビタミン、ミネラルの極端に不足していた江戸時代の日本人の平均身長は
わずか150センチ程度という話もあるわけだし
せっかく獣肉や沖合いでしか捕獲できない魚肉にありつけるなら赤身の肉がいいわな

48: 02/08/19 01:26
京都は暑い暑いゆうけどね、平安の都で各自自分の屋敷に涼し
げなお池くらい持ってるでしょ。舟遊びでもして、和歌でもつ
くって涼んでりゃいいんとちゃうの。