1: 2015/03/12(木) 23:23:11.42 0
日本の歴史は、平安時代の貴族社会→中世の武家社会→江戸の幕藩体制
と、時代が変遷するのにつれて、社会や雰囲気がまるきり異なる。

ヨーロッパの歴史も、古代ローマ帝国→民族大移動→中世→近代と、
それぞれの時代でイメージが大きく違うし、歴史ドラマを見ても、
映像を見ただけで、どのあたりの時代なのか、すぐに見当がつく
ことがほとんど。

その点、中国の歴史は違う。歴史ドラマで、3千年前の「封神演義」を
見ても、2千年前の「項羽と劉邦」や「三国志」を見ても、もっと
新しいはずの唐や明を見ても・・・なんだか、みんな同じように
見えてしまう。違うのは、登場人物の名前だけ。

かろうじて、清の時代だけは、辮髪と満州服のおかげで異彩を放っている。
歴史ドラマで、画面を見ただけで時代背景の見当がつくのは、清だけだ。
それ以前の中国は、みんな同じに見える。

ヘーゲルが「持続の帝国」と呼んだ頃から言われてきた、古くて
新しいテーマとはいうものの、なんで、中国の歴史には変化が感じられ
ないんだろうな?

引用元: ・なぜ中国は、どの時代も同じように見えるのか? [転載禁止]©2ch.net

2: 2015/03/12(木) 23:29:44.22 0
しみじみ思う。中国は、満州族に征服されてつくづく良かったと。
 
辮髪・チャイナドレス・満漢全席の料理。それこそが中国の文化だ。
これが無い中国など、とうてい考えられない。
 
それ以前の中国など、中国と呼ぶに値しない。

4: 2015/03/12(木) 23:53:42.80 0
同じようなことが、隋・唐と、それ以前にも言える。

というのも、漢の時代には、基本的にまだ「黄河文明」の時代が続いていた。
文明の中心は、圧倒的に北部の黄河流域にあり、南部の長江流域は、まだ
辺境地帯であった。三国志の時代になっても、「魏は天下の3分の2」と
言われ、呉を圧倒する国力を誇っていた。

それが、隋・唐あたりになると、様変わりする。この時代の王朝は、運河で
江南の富を吸い上げるようになった。長江の下流の経済力が大きくなり、
それは現代まで続いている。

・・・こうして、まず、ひとつの大きな違いを思いついた。この調子で、
ほかにも多くの違いを見いだせるに違いない。

(つづく)

5: 2015/03/13(金) 02:08:38.32 0
>>4
その大運河をこしらえた煬帝は偉大だったな

7: 2015/03/13(金) 14:46:54.88 0
そもそも中国的イメージを知っているのか
牌坊(鳥居みたいな境界としての意味しかないような門)
アーチが丸くて背が高い橋
東屋(壁がない建物)
凄く反り返った屋根
門や柱が赤い
土楼(円形の集住建造物)
壺で口に紙で封をしている、壺にラベルが貼ってある。
提灯と灯籠の照明
竹林
動物をモチーフにした兵器の意匠
六角形などの多角形の塔
四合院(民家の建築様式)

8: 2015/03/13(金) 18:10:53.15 0
封神演義が書かれたのは明代だもの

9: 2015/03/13(金) 19:12:30.35 0
春秋戦国時代の中国は、青銅器と土器、竪穴式住居の世界だった。

項羽と劉邦の軍隊では、まだ青銅器の武器がかなりのウエートを占めていた。

三国志の時代には、鉄の武器を使うのが当たり前になっていた。

13: 2015/03/14(土) 12:04:46.84 0
>>9
冒頓単于の軍隊では?

10: 2015/03/13(金) 19:58:21.34 0
春秋戦国時代の中国北部は、緑に覆われた森林地帯だった。

黄河の水量は今よりずっと多くて、無数の支流があり、しょっちゅう洪水を起こしていた。

後の世には砂漠化が進んで、騎馬軍団が走り回れるようになったが、当時はそんなわけにいかなかった。

なかなか統一できなかったのは、そのせいだと言われている。

11: 2015/03/14(土) 09:49:39.34 0
清もそうだけど、モンゴル帝国の元も、国際色が豊かで異彩を放っているよ。

12: 2015/03/14(土) 10:48:25.27 0
中国の歴史ドラマも慣れると大まかに区別できる。
前漢が舞台だと、兵士の鎧や馬車が兵馬俑そっくりになっているとか。

14: 2015/03/14(土) 14:19:11.47 0
春秋戦国時代から、現在の共産党政権までまったく変化していない。
皇帝に対する部下の態度と習主席に対する態度に変わりはない。
部下は表面はぺこぺこして、裏では汚職にはげむ。
同属仲間を抜擢して派閥を形成する。
自分たちの利益だけ考えて国家のことは何も考えない。
国民は最初からあきらめていて、その中で自分の利益だけ追求している。
革命というのは権力者が交代するだけ。
現在は共産党王朝。

15: 2015/03/14(土) 17:03:17.95 0
時代によって風俗も街の様子も服装も社会構成も全然違うだろ

16: 2015/03/14(土) 20:36:51.92 0
シナは劣っていていつも同じで変化していない。
大日本が文明化してやったんだ。

18: 2015/03/14(土) 22:34:50.33 0
床生活が椅子+テーブル生活に移行したのは五代十国あたりから?
映画でもさすがにこれは目につくだろうよ。

19: 2015/03/15(日) 05:59:38.36 0
明の時代になると、カラフルで絢爛豪華な陶磁器が登場して、日常生活も変わってくる。

映画では、三国志の曹操が明の五彩みたいな器で酒を飲んでいたりして、明らかにおかしい。
韓国の歴史ドラマは全部そうだが、たいていの場合、当時の実情より色彩感がありすぎる。

「蘭陵王」という最近のドラマでは、蘭陵王がつける仮面が日本の能の般若面だったり、
屋敷に神社の鳥居が立っていたり、完全なファンタジーの領域に入っていた。

20: 2015/03/15(日) 06:14:59.47 0
歴史ドラマでは、時代によって戦闘シーンが変わってくるはずだ。
 
春秋戦国時代の戦闘は、武器が青銅器だった。

戦国末期の、趙の武霊王あたりから騎兵が登場する。
五胡十六国時代あたりから、騎馬軍団が戦闘の主役になった。

元の時代には、火薬が登場する。清の時代には、鉄砲が登場する。
清の領土があれほど広くなったのは、西洋伝来の鉄砲の威力。織田信長の天下布武と同じだ。

21: 2015/03/15(日) 09:13:31.67 0
竹簡が紙に移行するとか
移行時期に注目すれば歴史ドラマでも時代が大まかに予想が付く

22: 2015/03/15(日) 09:55:08.51 0
そもそも歴史ドラマなんてファンタジーなもんだろ
あれで史実に近いと思うのも間違いだし
史実と違うと言うのもセンスがない

23: 2015/03/15(日) 09:58:17.95 0
殷の時代は封建領主の力が強く
殷王の支配領域は30村程で他の領主よりは広いが
それでも勢力圏全土を支配したわけではなかった
後の皇帝よりも中世ヨーロッパや江戸時代の徳川家に近い

24: 2015/03/15(日) 14:13:14.75 0
>>23
殷代って封建制だったのか?
封建制=周というイメージなんだが。
殷代は都市国家時代だろ。

25: 2015/03/15(日) 19:43:41.01 0
影響下の地域や都市国家群から成る緩い連合体の盟主って立ち位置じゃないの?

26: 2015/03/16(月) 08:02:39.26 0
唐までは貴族文化だったが、宋や元あたりから民衆の文化が開花して、街がにぎやかになった。

27: 2015/03/16(月) 09:21:51.22 0
奴隷がいた時代は奴隷制社会だろ
唯物史観の建前では

28: 2015/03/16(月) 11:06:10.85 0
まともな封建時代がないことが、現在でも古代的な王朝制になっている。
封建制度では地方の領主は、領地を豊かにすることが自分の力になる
と解っている。
王朝制では、地方領主は山口組と同じに上納を増やさないと交代される。
搾取を続けるから地方が豊かにならない。
現在の日本の繁栄が東京に集中するのも、それに繋がる。

29: 2015/03/17(火) 08:24:31.93 0
そうだ。日本やヨーロッパと違うのは、古代→中世→近代という、直線的な流れがないこと。

古代王朝と同じような政権が交替するだけで、中世がない。

中世とは、封建領主の時代だ。言い換えれば、地方分権の時代。
中国には、そういう時期がない。

32: 2015/03/17(火) 22:34:03.91 0
思うに、最大の原因のひとつに、現在の中国のあり方があるんじゃないかと思われる。

今の中華人民共和国に、古代の王朝との本質的な違いが、いまひとつ感じられない。

そこに、問題の本質がある(笑)

34: 2015/03/17(火) 22:44:41.71 0
税制、軍制、司法、土地制度、流通経済などなどについて確固としたイメージもって論じてんの?
五代十国の小国群とか契丹とか南詔とか西遼とか多様な国家群の総体としての中華文明圏を理解してんの?

35: 2015/03/17(火) 22:48:51.18 0
宋と明が一番区別つきにくいけど
火薬兵器の仕様が普通になったことを思えば戦場はかなり変わってるだろう

36: 2015/03/17(火) 22:54:18.68 0
共和制とか無いしな 今も議会制といっても実質は一握りの人間のものだからな
変化は少ないよな

42: 2015/03/18(水) 00:32:09.25 0
西ヨーロッパ以外に四時代区分が適用できるとか本気で思ってんの?

43: 2015/03/18(水) 09:43:55.96 0
世界は王朝でやってた国と封建制でやってた国で分けた方が現実に即してる
近代とは封建制の対立概念ではなくその発展型なんだよ
日本や西欧のような封建→近代へ発展した社会からみると王朝を原型とする国は
理解しがたい

47: 2015/03/18(水) 21:04:08.49 O
どういう歴史観(世界観?)を持つかによって、歴史の見え方が違ってくるということを、>>43~45の書き込みが教えてくれているように思える。

44: 2015/03/18(水) 10:10:26.85 0
中国を見るとき、ユーラシアの王朝とは何か?って視点で見るとその運動律が見えるような気がする
キーワードは”民族”の位置づけだと思う
王朝においては各民族は日本の幕藩体制の藩に相当する
だが王朝が各民族を支配下へ置くのは便宜的な方便で、最終的には民族を構成する精神を破壊して
”王朝の民”という民族を失った存在へ作り変えようとする
民族をいかに溶解させるか、というテクニックがユーラシアでは発展し続けた
そして今なお民族浄化は行われている
この民族浄化がほぼ成功した地帯こそが支那なんだ
各民族を失い、ただの王朝の民になった存在をを自他は漢民族と呼んでいる
民族の心を失い単に生きている民に成り果てた存在こそが阿Qの正体なんだ
そしてこの阿Qの群れは、周辺にいる各民族を破壊吸収しようとする運動律を持っている
チベットやウィグルで現在も進行している
その標的に日本も入っていることは忘れるべきではない

45: 2015/03/18(水) 10:25:42.84 0
封建制から発展したのが近代社会ならば王朝を発展させると何になるか?
共産主義こそが王朝の近代化バージョンなんだ
ロシアと支那がまがりなりにも共産党国家を名乗ったのは決して偶然じゃない
二国ともユーラシア王朝の代表格じゃないか
この2か国の国内政策における民族の扱いを見て見ればよい
過去数千年に渡る伝統がそのまま継承されていることに気が付くだろう
そして何故これほどの大国にも関わらず周辺に膨張しようとする運動律を持つのか?
への回答でもある
周辺民族を破壊して吸収して膨張するのは、本能そのものなんだ

48: 2015/03/19(木) 11:29:24.12 0
民族とは何かという定義は難しい
おおざっぱだが共通の”公”を持つ集団と言えば外れではないだろう
公共を共有してる集団なんだ
漢民族の特徴として公共が成り立たないってのがある、マナーウンヌンと言われるがあれは笑い話ではすまない
所属民族という公をうしない王朝の民になった人に似たケモノを”王化の民”と呼んだ (これを便宜上漢民族と称する)
公を失った彼等が求めるものは”福禄寿” 贅沢して長生きする、神は要らない
周辺民族の精神を滅ぼすにはどうすればよいか?
漢民族が混ざり込むと公共が成り立たなくなる、彼等の行動は公共を破壊する
公共の破壊はその民族の破壊と同義だ
周辺民族の公共を破壊する効果的な方法は漢民族を紛れ込ませることなんだ
だからウィグルやチベットで漢民族の移住を大規模に繰り返している、ウィグル人やチベット人が抵抗している
のもこのためだ
この移住は世界規模で行われている、日本はその主要標的の一つになってる
王朝の現代バージョンは常に共産主義を掲げているとは限らない、グローバリゼーションなんて旗を掲げることもある
”王化の民”の現代版とは何か
それは地球市民だとかコスモポリタンだとか命名されている
なんとも麗しい命名だがその正体は、空港でクソを垂れ流し大声で喚き散らすあの阿Q共の同族なんだ
諸民族の公を食い散らすことによって増殖する寄生虫の群れなんだ

49: 2015/03/19(木) 14:38:25.60 0
よく思うことだが、春秋戦国時代の中国と、中世から近代にかけてのヨーロッパは、いろんな面で似ているな。

どちらも、複雑な国際関係が何百年も続いた。歴史ネタの宝庫で興味が尽きない。

50: 2015/03/19(木) 15:24:17.17 0
東アジアは仏教伝来以前と以後で全然違うと思うけどな