1: 2021/02/05(金) 18:32:41.30 0
宋・遼・西夏・金・元の歴史について語るスレッドです

引用元: ・宋・遼・西夏・金・元

4: 2021/02/06(土) 09:31:57.62 0
北宋の皇女を売春宿(洗衣院)に落とした金の太宗の残虐ぶりにはガッカリだ

5: 2021/02/06(土) 12:02:36.16 0
五代十国の時代、長江デルタを占めた呉越が大規模な水利施設を構築したことは、
この地域がやがて農業生産の中心地となる基礎を築いたな

6: 2021/02/06(土) 17:42:47.62 0
群雄割拠の五代十国時代も、最後は後周と南唐によるほぼ南北朝体制になったな

7: 2021/02/06(土) 18:18:11.68 0
>>6
中国の歴史で、秦以後、華中・華南が多くの国に分裂したのは
五代十国時代だけだっけ?

8: 2021/02/06(土) 19:22:39.03 0
>>7
もっと重要なのは元末だろう。
張士誠・朱元璋・陳友諒の三大勢力が長江流域に鼎立し、史上で唯一といっていいほど歴史の表舞台になった

魏呉蜀の三国に分かれる前の漢末はさらにバラバラだった。
孫策が彗星のように現れて呉が台頭し、後に劉備に占拠されてた荊州を奪回して南朝をほぼ統一

明末清初も、明を裏切った呉三桂らの三藩が華南に並び立ち、一時は独立勢力となった

9: 2021/02/07(日) 10:37:24.82 0
五代各国の創業者は、多くは節度使あがりの軍人で、
中国には珍しい武人政治の時代だったな

10: 2021/02/07(日) 11:12:57.01 0
唐の後期はすでに事実上の群雄割拠

唐朝が滅んで、名実ともに節度史が自立した

11: 2021/02/07(日) 18:28:42.76 0
宋代には皇帝をうしろだてに、専権をふるった宰相が多かったな

12: 2021/02/07(日) 18:52:34.33 0
唐朝では関隴集団・山東貴族・科挙官僚・宦官といろんな勢力がいた

宰相を出したのは主に山東貴族だが、絶対的な力などなかった

13: 2021/02/08(月) 09:21:38.30 0
王安石の改革が成功していたら、北宋はもう少し長持ちしていたのかな?

14: 2021/02/08(月) 10:36:39.42 0
北宋って、朝鮮に似てるんだよなあ

党派対立で、与党と野党が政権交代するたびに前政権を全否定

まあ、最近はアメリカ合衆国もそうなってきたが

15: 2021/02/08(月) 14:47:28.91 0
>>14
新法派と旧法派の争いとかが有名だよな

16: 2021/02/08(月) 21:42:21.42 0
西夏に強く惹かれるものがあるんだが、何しろ史料が絶対的に不足してるんだそうで。
素人が取っ付けるような本はどれを読んでも断片的な記述しかない。
詳しい人が当スレに現れるのをひそかに期待してる。

17: 2021/02/08(月) 22:46:24.20 0
西夏の場合、固有の文化と呼べるようなものがほとんどなかったからなあ…
彼らが創り出したものは西夏文字くらいか?

18: 2021/02/09(火) 00:53:17.71 0
>>17
杉山正明氏によると、
西夏の創出した国家基本構造や官制などは後のモンゴルが模倣したと云う。
俺ごとき素人にはこの説の当否を判定できないけど。

また、素朴な想いとして、
固有の強味を持たない多民族国家が二百年弱もの間しっかりと存続して、
しかも近隣諸国から畏れられるほどの強盛や求心力を保てるものだろうか?
これも史料不足故に知られていないだけじゃないか?
--という印象を持っている。

27: 2021/02/10(水) 14:34:41.88 0
>>18
西夏では仏典が盛んに翻訳され、寺院が建設され、名僧も少なからず現れた
西夏の文物がすべて残っていたら、われわれがこの国に対して抱くイメージも
かなり変わっていただろうな

19: 2021/02/09(火) 02:04:30.55 0
西夏はよく遼や金に呑み込まれなかったな。
北宋は軍事的に弱かったこともあるけど。

20: 2021/02/09(火) 05:45:01.48 0
北宋は守備は強かった
なんだかんだ滅ぼされることはなかった
南宋もモンゴルまで持ちこたえた

21: 2021/02/09(火) 07:02:19.87 0
>>20
莫大な財富を送ってたから、遼にとっては華北征服などという途方もない軍事行動するより、そのほうが都合が良かった

22: 2021/02/09(火) 09:10:58.33 0
>>21
遼にとっても、歳幣は国力を整備する主要な財源として役立ったのだとか

23: 2021/02/09(火) 10:15:08.20 0
いくら遊牧民でも、あんなダダッ広い宋国を征服するなど並大抵の大事業じ(ないからな

上納金が入ってくるほうが遥かに楽だろ

24: 2021/02/09(火) 14:52:17.63 0
遼は長い間の宋との接触で中国の風俗が流れ込み、勇猛な騎馬民族の気風を失い、
生活も華美となっていったのだとか

やはり富は人間を堕落させるのだろうか

26: 2021/02/10(水) 13:06:55.87 0
>>24
契丹人の内チンギス・ハンの代からモンゴルに協力した
耶律阿海・禿花兄弟、石末明安らの子孫やオゴタイの時に
政権内で取り立てられていた耶律楚材の子孫は
フビライの代には漢人ではなくモンゴル人扱いを
受ける様になっており、明により中原から駆逐された際、
元の北帰に従い今の内モンゴルに居住する様になり、
先祖返りして現在のダフール族となった。

25: 2021/02/10(水) 11:30:56.78 0
北京の発展は、遼の時代に始まった

この都市を、遼は南京、金は中都、元は大都、明は北京と呼んだ

29: 2021/02/12(金) 10:52:43.47 0
金の阿骨打の死後、宋は金に対してたび重なる背信行為を行ったが、
自国の実力を客観的に見ることができていなかったのかな

31: 2021/02/12(金) 11:35:41.36 0
>>29
鉄道や自動車はもちろん、モンゴル騎馬軍団もない時代だからな

敵があまりに遠くて、「さては裏切りやかったな?」と気づいてもすぐには来れないところにいるから、ついついやらかしてしまうんだろう

32: 2021/02/12(金) 11:55:26.49 0
朝鮮なんかは、いつもそれだ

「攻め込んできたら降服し、引き揚げたら裏切る。また攻めてきたら、また降服する」の繰り返しで、遼にも元にも清にも5、6回攻め込まれた

たったの2回で終わった豊臣秀吉の日本軍は、こうした事情に疎かったという他はない

33: 2021/02/12(金) 12:04:48.60 0
実際に、山がちな北朝鮮を越えて細長い朝鮮半島を制圧するのは誰にとっても難事業なのだから、こういうやり方が功を奏するときもある

元や清には最終的に屈服させられたが、遼については5度にわたる侵攻をついに凌ぎきった

34: 2021/02/12(金) 21:05:19.85 0
>>33
キタイがどこまで本気で半島を攻めたか、だな。
半島に侵攻した段階の大元や大清には明確なパクス・モンゴリカ/マンチュリアの意志があったろうが、
キタイは「何だか目障りだから叩いとけ」程度の気分だったんじゃないか。

35: 2021/02/13(土) 18:10:34.75 0
>>34
禿胴だな。漢地の占領は宋から金品巻き上げるネタになるけど、
半島からは大した産品取れないから、わざわざ手間暇かけて侵攻して占領するだけ無駄だもんな。

36: 2021/02/14(日) 01:32:48.41 0
靺鞨ー女真って渤海の時代から高い文明持ってたのに清になるまで原始的な生活のままだったのはなぜ?中国化もあまりしなかったようだし
まあ戦闘能力だけはピカイチで中国を何度も征服できた訳だけど
一貫した統一国家作れなかったのも不思議
民族的にはツングース系の明確なまとまりもあったのにな

37: 2021/02/14(日) 01:43:13.30 0
>>36
「近代(近世)的な生活様式」「統一国家」などという胡散くさいものに頼らずとも本来の意味で十分に豊かな暮らしが出来ていたから、という仮説はどうかな。
戊辰以前のこの列島のように。

38: 2021/02/14(日) 09:33:18.62 0
>>36
国土が森林に覆われていたからだな

40: 2021/02/15(月) 03:23:02.50 0
>>36
中華周辺の遊牧民狩猟民って基本的に文明化の度合いの高い部族と低い部族が分布してて
戦闘力高い部族は文明度が低く組織力に欠ける
有力な指導者が出ると強大化して中華まで南進してくるが
文明度が高くなって文弱化する
この繰り返し

39: 2021/02/14(日) 18:45:08.64 0
宋と金は契丹を挟撃したが、宋はかんじんの戦闘がからきしダメだったのだとか
対外戦争の経験に乏しい宋軍は、弱体化しつつあった契丹にも勝てなかった
1122年の契丹制圧は、金が事実上単独でなしとげた

41: 2021/02/15(月) 14:53:05.61 0
熟女真は南部に移民し遼の戸籍につけられたが、
生女真は北部の森林地帯に住んでいた

42: 2021/02/15(月) 20:24:17.76 0
>>41
熟女真とか生女真とか万に満つればとか、
ちょっと教科書には載せづらいエロス。

43: 2021/02/16(火) 00:10:39.64 0
万にとかは
女真に勝った岳飛を持ち上げるための過大広告だろう

50: 2021/02/18(木) 19:24:38.17 0
>>43
女真万に満ちれば敵う者なしは契丹人が女真を評して述べた言葉だから
それは見当違いも良いところだな
まぁ遼代の女真とか高麗にいじめられて遼に泣きつく始末でどこが強かったのか謎だが

44: 2021/02/17(水) 22:23:03.79 0
〇存続できた:
宋(今まで続く中華系国家)
日本(今まで存続)
高麗(今まで続く朝鮮系国家)
大越(今まで続くベトナム系国家)

〇存続できず:
西夏
契丹
カラキタイ

大理

45: 2021/02/18(木) 00:36:54.02 0
>>44
どう…なんだ、ろう、な…。
満州、内モンゴルから西域、チベットまで自らの版図と主張する「中華」は
結局のところ大元や大清などの「非中華」王権によって確立した概念だろう。
伝統的な漢人国家即ち「中華」は宋も明も「民」もそこに辿り着けなかったし、
その意味では専横を極める現王朝「共」も直接には大清の版図が既得権として自らの領土という意識なんじゃないか。
先駆的には宋と大元、直接的には明と大清の間に概念的断絶があるから、
宋段階の中華系国家が「今まで続く」とまでは云い難いと考えるが。

朝鮮系国家についても些か異論があるが深めるとスレチになるから控える。

46: 2021/02/18(木) 04:13:31.83 0
元や清が非中華だって?
あまりにも理解が浅い見解

49: 2021/02/18(木) 18:36:35.48 0
>>46
宋と大元は断絶している

47: 2021/02/18(木) 12:52:54.64 0
大理は民族がバラバラだったのと
交通の要衝だったのが災いした